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「あきたこまち」おにぎり誤表示問題の事業責任と責任感の欠如

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2012-01-25
 1月24日の地元紙の紙面によると、秋田県産「あきたこまち」おにぎりを「コシヒカリ100%」と誤表示し、東京都内の秋田米PRイベントで配布した問題で、県の担当部長が、県議会農林水産委員会において「秋田博報堂は発注者としての責任を既に認めている。(仲介したことで)県に責任が転嫁されることはない」(2012年1月24日、秋田魁新報)と述べたとのことだ。この問題で、発注責任がどこにあるかではなく、事業全体の責任が誰にあるかを認識しているのだろうか。秋田米プロモーション事業、秋田米PRイベントは、県が企画した事業である。広告代理店に委託する手法も、広告代理店の選定もすべて県が決定したことである。事業の全責任は県にあると言ってよい。その事業において、秋田県の基幹産業である米の品名を間違うというあってはならない失敗を犯した責任は、当然、県にあるはずだ。「あきたこまち」おにぎり誤表示問題が発覚して以来、県の姿勢は、県はあくまで事業を委託しただけで、責任は広告代理店と製造者にあるというものだ。このような責任感が欠如した事業が今後も行われるようでは、また今回と同じような問題、ミスが再発される危険性がある。県民、生産者農家のためにPR事業をするのであれば、県民、生産者農家の心情をよく理解し、魂のこもった事業をすべきである。事業の責任を自覚すべきである。




現秋田県立美術館(平野政吉美術館)について

 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、移転の必要がない。この美術館から、大壁画「秋田の行事」を始めとする藤田嗣治作品を移設することは、建物と藤田嗣治作品の文化的価値を損なうものであり、同時に秋田県、秋田県民の利益を損なうものである。現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は従来通り、平野政吉が生涯を懸け収集した藤田嗣治作品の展示、鑑賞の場として末永く後世に伝えるべきである。





当ブログでは下記の記事をお薦めいたしております。


<お薦め記事>
秋田の文化遺産…平野政吉美術館
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
平野政吉の業績…平野コレクションと美術館
美術館と自然光について
平野政吉のエピソード
平野政吉美術館と一体である藤田嗣治作品
平野政吉美術館の移転理由は何か [新規構成]
平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 1 … 出会い
大壁画「秋田の行事」誕生、美術館の壁画に … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 3
18年ぶりの再会、念願の美術館建設の実現 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 4
最後の作品「平和の聖母礼拝堂」、永遠の別れ、永遠の友情 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 5
藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」
藤田嗣治画伯の「秋田の行事」はあの建物と一体になってこそ秋田の宝
レオナール・フジタ最後の作品「平和の聖母礼拝堂」と平野政吉美術館



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新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。

(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



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平野政吉美術館の大展示室と藤田嗣治「秋田の行事」 ~ 永遠に

秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」




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    秋田県産「あきたこまち」おにぎり誤表記と県民の怒り

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    2011-11-22
     先日、秋田県産「あきたこまち」のおにぎり誤表記問題について、県知事が訓示で「県民は県職員を馬鹿じゃないかと思っている。重く受け止めてほしい」と話し、県の担当部長が包装フィルムのデザインを取り決めなかったのが誤表示の原因だったと話したという新聞記事があった。県民、特に生産者、農家の方々は、この問題について、県の担当者を馬鹿ではないかと思っているのだろうか。信じられないミスに怒りが収まらないというのが本音ではないか。また、担当部署の方々は、原因を客観視するだけでなく、当事者として、なぜこのようなことが起ったのか、包装デザインの取り決めをしないようなPR事業が進められたのか、深く考える必要があるはずだ。県議会で承認された県費を広告代理店に渡すことで事業が終わったと勘違いしていたのではないか。そういう体質が県にあるのではないか。当事者としての責任を理解していなかったのではないか。そういった県の事業の在り方そのものが問われている。当事者としての自覚、責任感が問われている。また、県議が県を批判する新聞記事があったが、予算を承認した与党議員に批判する資格があるのだろうか。批判するのなら事業計画に初めから反対すべきである。事業をチェックするのも議員の役割のはずだ。今回の「秋田米プロモーション事業」の予算に賛成した議員達は、知事、県担当部署とともに、県民、特に生産者、農家の方々に詫びるべきである。




    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)について

     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、移転の必要がない。この美術館から、大壁画「秋田の行事」を始めとする藤田嗣治作品を移設することは、建物と藤田嗣治作品の文化的価値を損なうものであり、同時に秋田県、秋田県民の利益を損なうものである。現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は従来通り、平野政吉が生涯を懸け収集した藤田嗣治作品の展示、鑑賞の場として末永く後世に伝えるべきである。





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    (2014年2月)




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    (2013年8月31日)




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    (2013年8月1日)




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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
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    秋田県産「あきたこまち」おにぎり誤表記の責任

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    2011-10-18
     10月1日、東京・有楽町駅前で行われた秋田県産あきたこまちの新米PRイベントで、「コシヒカリ100%」と誤表記された9000個のおにぎりが配布され、騒動になった。この件で、県から事業を請け負った秋田博報堂と全農パールライス東日本が、「秋田県産あきたこまち」と表示した5万個のおにぎりを新たに首都圏で配布する補償案を示し、知事が了承し、一応の決着が付いたかに報道されている。このPRイベントは、4200万円の県費を掛けた「秋田米プロモーション事業」の一環であるとのことだ。事業の責任は県にある。9000人に「コシヒカリ」のPRをしたのでは、全くの無駄金である。今回の誤表記は、県、広告代理店の秋田博報堂、おにぎりを製造した全農パールライス東日本の3者が、誤表記に気付かなかったという、3重のミスの大失態である。県は今回委託した両社には、今後、当分の間、事業を委託しないという厳しい対応が必要ではないか。また、県も自らを処する姿勢が必要ではないか。また、大手広告代理店に委託するPR事業そのものも考え直すべきである。県内会社やボランティアを活用したPR事業のあり方もあるはずだ。彼らは郷土、秋田のために真剣にPRしてくれるに違いないし、今回のような間違いは起きないだろう。おにぎりの配布にしても、工場で作ったものを大量に配るのではなく、現地で手作りで作ったものを直接、手渡して配布するPR方法もあるはずだ。




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