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岩手県野田村のがれき処理、復興の現状

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2012-06-20
 秋田市ががれき受け入れを決めたと言う岩手県野田村の震災がれきの現状はどのようなものだろうか。
 野田村のがれき総量は約14万トンであり、村内8カ所の仮置き場にがれきが置かれている。
 そのうち、秋田市が受け入れを決めた可燃物がどれ位かはデータがないが、岩手県全体では、がれき総量525万トンのうち、焼却処理分は約20%である。
 仮置き場は三陸鉄道沿いや、旧野田保育所跡、旧村営住宅跡、野田港そば、国道45線沿いなどにある。
 これらは海沿いにあり、現在居住者のいる地区はない。少し前、国道45号線沿いに10メートル位の高さのがれきが積み上げられていたとの報道を見たが、現在は、他の場所に移され、きれいに処理されている。(4月24日の野田村観光協会のブログにて確認)
 メディアによる、現状を正確に伝えていない情報によって、読者が惑わされた可能性が否定できない。

 「昨年8月、帰省中に車で岩手県野田村を通りかかると、国道45号沿いに積み上げられた高さ10メートルぐらいの震災がれきの山が目に入った」「県内はもちろん、全国の自治体でがれき広域処理への協力が進むことを期待したい」(毎日新聞 2012年5月23日 地方版)

 また、野田村では、4月に、被災住民のうち、100世帯の高台移転が決まっている。

 「震災で被災した住民の高台移転を進めるため、野田村が国に申請していた、防災集団移転促進事業(防集)の事業計画が2日、同意された。県内の自治体では初となり、用地の取得や造成など移転事業が本格化する。村によると、事業計画の対象となるのは、城内、米田・南浜の2地区で、計100世帯分の移転用地を村内の高台3カ所に整備する」(毎日新聞 2012年4月3日 地方版)

 がれきがあるのは、居住できない海沿いだけであり、住民の高台への移転が進められている途上にあるようだ。がれきが復興への足かせになっている現実はないのである。
 広域処理を急ぐ最大の理由は、心理的に早くがれきを処理したいと言う思いのようだ。

 しかし、岩手県内のがれきの焼却処理分は、期限内に全て岩手県内で処理可能であると言う事実が分かってきた。

岩手県の焼却処理必要量 103.1万トン

岩手県内の焼却処理量(処理能力)
  7月稼動の仮焼却炉    10.7万トン(年間365日ペース)
  既存の焼却施設           44万トン
  県内のセメント工場        48.6万トン    合計 103.3万トン

がれき広域処理の合理的根拠なし②  合同調査チーム緊急速報

 秋田県における岩手県の震災がれき受け入れは、県や環境省によって決められたから実施するだけであり、費用負担は国がするとのことであり、税金の無駄使いにしか過ぎない。

 受け入れを決めた市町村は、国が負担すると言った焼却施設の減価償却費を得ることが目的である疑いがある。
 
 未曾有の被害を受けた震災被災地の復興支援として、被災地の観光支援のため観光団の派遣、被災地児童の受け入れ、秋田の郷土芸能を披露する慰問団の派遣などが良いのではないかと思う。
 
 野田村では、JR東日本のリゾート列車「リゾートうみねこ」が三陸鉄道へ直通運転を始めるなどし、風光明媚な三陸海岸を求めて多くの観光客が訪れ始めていると言う。

 観光に訪れることが、現地の経済活性化にも繋がる最大の復興支援ではないか。



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新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。

(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



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    オールスターゲーム開催は被災県を優先すべきである

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    2011-10-28
     佐竹秋田県知事と穂積秋田市長が、25日、日本野球機構(NPB)を訪ね、秋田市でのオールスターゲーム開催を要望したという。オールスター戦は通常、年2回開催されているが、今年と来年は、東日本大震災の復興支援を目的に1試合増やして開催され、今年は仙台市で開催され、来年は盛岡市で開催されることが決まっているという。2013年以降は、3試合開催になるかどうかも未定だということだ。秋田市での開催要請について、佐竹知事らは「県民に夢と元気を与えたい」ためと語っているが、オールスター戦が3試合開催になった趣旨と少し動機が異なっている気がする。本県は、東日本大震災の被災県ではない。もし、2013年以降も3試合開催になり、被災県の他の都市、町が開催を希望した場合、そちらの都市、町に開催を譲るべきである。被災県の人達を元気づけ、復興支援をするべきである。本県だけの利を考える時期ではないはずである。また、1試合限り、1日限りのオールスター戦開催に力を入れるより、スポーツ環境の整備に力を入れるほうが、県民に本当の意味での夢と元気を与えるのではないか。例えば、Jリーグ入りを目指しているサッカーもある。スタジアムを整備することも行政の役割ではないか。イージーなことに力を入れ、人気だけを得ようとしているように思えてならない。




    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)について

     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、移転の必要がない。この美術館から、大壁画「秋田の行事」を始めとする藤田嗣治作品を移設することは、建物と藤田嗣治作品の文化的価値を損なうものであり、同時に秋田県、秋田県民の利益を損なうものである。現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は従来通り、平野政吉が生涯を懸け収集した藤田嗣治作品の展示、鑑賞の場として末永く後世に伝えるべきである。





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    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
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    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




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    (2013年8月31日)




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    (2013年8月1日)




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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
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