レンサバを借りると

<< topページへ
TOP

文化とは。 国民文化祭とは。

ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田県情報へ
2014-11-07
 一般的に「文化」とは、人間の生活様式全般を指し、人類が築き上げてきた有形・無形の成果の総体を指すと言われる。広辞苑によると、「文化とは、人間が自然に手を加えて形成してきた成果のこと。 衣食住をはじめ、技術・学問・芸術・道徳・宗教を含む」とある。
 食文化、精神文化、農耕文化、狩猟文化、稲作文化、日本文化、大衆文化、若者文化、縄文文化、室町文化、江戸文化、元禄文化、映像文化、放送文化、仏教文化、禅文化、神道文化、民俗文化 ……… など、無数の文化が存在し、その意味で、人間の営みのすべてが「文化」であると言える。
 当然、とかくイメージしがちな音楽、美術、演劇等の芸術文化や、文芸、伝統文化だけが「文化」ではない。

 秋田県では、10月4日~11月3日の期間、国民文化祭が開催されたが、この催しは、当時の文化庁長官で作家の、三浦朱門の提唱により、1986年から始まり、国民文化祭開催要綱によると、その趣旨は、「国民一般の各種の文化活動を全国的な規模で発表する場を提供すること等により、文化活動への参加の意欲を喚起し、新しい芸能、文化の創造を促し、併せて地方文化の発展に寄与するとともに、国民生活のより一層の充実に資することを目的とするもの」とのことだ。

 文化活動の発表の場を提供することが主目的の催しであり、学芸会、学園祭の延長のようなもので、また、今日まで国民に広く認知されているとは言えず、開催する県の、しかも、参加する側の人達だけが盛り上がっている、単なる文化イベントの感が強い。

 動員されたと思われる児童や学生が、訓練した演劇等を披露したのは、一つの良い経験になったことだろうが、彼らの自発的なメッセージが込められたものがそこにあったのだろうか。文化の創造と呼べるものがあったのだろうか。

 また、最終日に行われたという無形文化財の共演にしても、「山車」や「屋台」が、本来の祭りの時と異なり、僅か数台が顔見せ程度に出ているだけであり、祭りの本質が伝わるようなものとは思えなかった。
 古くから受け継いできた本来の場所で、その季節に、伝統の技や意匠を披露して、始めて「伝統文化」と呼べるのではないか。その祭りの持つエネルギーと受け継がれた「伝統」の魂が伝わってくるのではないか。

 そういった意味で、秋田県内の伝統行事が集中する夏と冬に、国民文化祭の会期を設定し、本来の祭りを通常よりグレードを上げたものにすれば、祭りの魂がより強く伝わり、訪れた人へのアピールになったのではないか。

 国民文化祭という、漠然とした一過性イベントが行われただけという印象が強い。

 文化活動の発表の場の提供についても、国文祭期間中だけに限定されたものであれば、芸能、文化の創造や地方文化の発展において、何の意味も持たないし、行政は、日常的に、発表の場を求める人々をサポートすべきである。

 さらに、地方文化の発展について考えれば、期間中だけ注目される「国民文化祭」という形式での成果は、寧ろ、逆に少ないのではないかと思われた。

 また、期間中の観光客らによる「経済効果」から、その成否を論じるような姿勢は、国文祭開催の主旨から考えて誤った見方ではないかと思える。



関連記事

 ↓↓ クリックをお願いします! ありがとうございます。 
ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田県情報へ




新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。

(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



関連記事
平野政吉美術館の大展示室と藤田嗣治「秋田の行事」 ~ 永遠に

秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」




ブログランキング・にほんブログ村へ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録
  • image1080-G.png

  • カテゴリ :未分類 トラックバック:(-) コメント:(-)
    << topページへこのページの先頭へ >>