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秋田市のがれき燃焼試験結果「がれき混入焼却灰 100ベクレル」は、安全を保証しているか

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2012-06-20

 がれき利用による防潮堤、高台の造成が、被災地がれきの最善の処理方法であり、解決方法である



 秋田市で、先月21日に実施された岩手県野田村の震災がれき燃焼(溶融)試験で、焼却灰の放射性セシウム濃度は、1キログラム当たり100ベクレルであったと言う。

 「秋田市河辺豊成の市総合環境センターで実施している岩手県野田村の震災がれきの燃焼(溶融)試験で、県は21日、溶融処理で発生したスラムとメタルの放射性セシウムは不検出だったと発表した」
「灰のセシウム濃度は1キログラム当たり100ベクレルで、岩手県と結んでいる基本協定の受け入れ基準(8千ベクレル)を下回った」(2012年5月22日、秋田魁新報)
(秋田市ホームページからも確認できます)

 焼却灰100ベクレルは、秋田市民に安全を保証しているのだろうか。
 現在、原子力発電所から出た廃棄物については、100ベクレルを超えれば、放射性廃棄物として国によって厳重に保管、管理されている。焼却灰8千ベクレルと言う数字は、福島県内において限定的に設定されたものを、環境省が広域処理においても転用した数値で、埋却処理することを前提とした数字であり、安全上厳格に設定された数字ではない。
 このことは、徳島県なども指摘しており、新潟県、兵庫県などでは、焼却灰についても1キログラムあたり100グラム以下とする基準を設定している。
 秋田市の実験からでたデータは、一般ごみに15%混入したうえでの数字である。地元紙は、試験結果の報道に際し、なぜかこのことを伝えてないが、燃焼試験を実施することを伝えた際に15%混入と報道しているので、そのように実験されたのは疑いないだろう。
 事前に実施された一般ごみの焼却灰は74ベクレルであったことが分かっており、計算上、野田村のガレキだけによる焼却灰は1キログラム当たり247ベクレルである。
 この数字は、新潟県、兵庫県が設定した基準や原発敷地内での国の基準を大きく上回っている。
 これで安全と言えるのだろうか。

 「10日に実施した事前調査でもスラグ、メタルは不検出、灰は74ベクレルだった」(2012年5月22日、秋田魁新報)

 福島第一原発の事故以後、国の基準だから安全だという考えを多くの国民は持っていない。ところが、秋田県では、岩手県との基本協定締結に際し、焼却灰8千ベクレルと言う、十分な根拠を明示しないまま転用された国の基準通りの受け入れ基準を設け、県内の市町村はこれに追従している。これでは、放射性物質に対する感受性が強い、幼い子を持つ親達など、放射性物質に対する不安を持つ県民、市民の不安は解消されないだろう。

 がれき広域処理は政策的に間違いであったことが明らかになってきている。
がれき広域処理の合理的根拠なし②  合同調査チーム緊急速報

 国は、がれき受け入れ自治体に、焼却施設の減価償却費を負担するなどとしており、根拠のなくなったがれき受け入れは、それに乗じたものに過ぎないと批判されることにもなるだろう。






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本質をわきまえない秋田県民の県民性と公共施設の建設
 秋田県人は 《見えっぱりで、ルーズでのんびり屋で、お上意識ばかりが強く、権威にへつらい、射倖心に富み経済観念はゼロ、中央へのコンプレックスを捨てきれない》 《とどのつまりは、本質をわきまえずに行動するきらいが強い》 と指摘されています。県内の出来事に当てはめると容易に理解できます。 秋田県人は物事の本質を見極め行動すべきです。  http://akitacolumn2.blog.fc2.com/blog-entry-119.html



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新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。

(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



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美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
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