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秋田市中通「なかいち」運営管理会社の人事に秋田市が介入!! ― 公費のさらなる投入の危険は?? 新天下り先??

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2014-06-17
 秋田市中通の「なかいち」運営管理会社、秋田まちづくり㈱の社長が、市の介入で変えられ、元秋田市職員(元総務部長)で、第三セクターの社長を務める人物が、新社長になったと伝えられている。

 秋田市の「なかいち」は、3月に、総合食品売場の運営会社が、開業後、僅か1年半で契約解除するなど、当初の目算が早くも外れているが、その責任を問われるように、前社長を含む7人の役員が辞任し、残った役員は僅か二人で、一人が秋田市の元職員、一人が金融機関出身者だという。

 前社長は、中通一丁目再開発組合の理事長で、商業施設の管理運営のプロフェッショナルとして選ばれたわけではなく、再開発事業を中心的に進めた秋田市や県にとって、好都合の人物だったからと思われる。
 その社長が、市や県の思惑に従うように辞任し、新たに選ばれた社長が、秋田市の元職員(元総務部長)だということだ。

 秋田まちづくり㈱は、独自に大手ドラックストアなどと出店交渉をしていたと伝えられており、圧力により、役員が退任させられた感が強い。

 「秋田まちづくり社も市に頼り切っていたわけではない。各方面にテナント出店を打診。大手ドラックストアなどに出店を交渉していた」(平成26年6月6日、週刊アキタ)

 新社長は、第三セクターの社長をしていたということだが、生死を賭けた民間の企業経営の厳しさを知らない、天下りを享受してきた人物であることに間違いない。

 報道によると、この交代劇を進めたのが秋田市の副市長、I氏ということであり、この人物は県の知事室長、教育庁次長を経て、2010年に秋田市副市長に迎えられている。
 経歴から見て、県との繋がりが極めて強い人のようである。
 今回の社長交代も、背後にいる県知事、佐竹氏の意向で行われたものと、この辞任劇を報道した週刊アキタでは見ている。

 「エリアなかいちの商業棟については、佐竹敬久知事が秋田まちづくり社のプロデュース能力に言及するなどし、懸念を示していた。この一連の動きは、穂積市長よりも佐竹知事の意向に沿ったものではないかと見ている」(平成26年6月6日、週刊アキタ)

 秋田まちづくり㈱という、一民間会社の人事に、秋田市や県が、直接にしろ間接的にしろ、介入して良いものか。
 公権力を背景にした介入とは言えないのか。自由主義社会、市場主義経済の根幹にも関わる憂慮される事態である。

 秋田市側は、株主 (筆頭株主は秋田商工会議所) の承認を得たものであるから問題はないとしているとのことだ。

 市長の委任を取り付け、この辞任劇を進めたという副市長、I氏は、選挙によって市民から選ばれたわけでもなく、一公務員に過ぎない。

 こうした関与によって、不具合や問題が発生し、秋田市の将来に影響を及ぼしても、責任を負う立場にない人物であり、このような責任のない人物が、あたかも私事のように振る舞うことが許されてよいのか。 少なくとも議会の審議を経てから、動くことではないのか。

 また、再開発全般の中で民間事業としての位置づけで進められた、商業施設を運営する会社の人事に、秋田市や県が介入するという手法は、傲慢過ぎるとは言えないか。

 背後にいるとされる、県庁出身で役人感覚、公家感覚の県知事では、こういた事態を恐らく何とも思わなかったのだろう。
 まるで、社会主義のような、独裁的な感覚の強権的介入の仕方である。

 計画から完成に至るまで、市民感覚からずれていた、秋田市中通再開発事業を象徴する事態と言える。

 さらに、秋田まちづくり㈱の社長が、秋田市のOBになったことで、施設運営などのために、公費が長期的にこの会社に投入される危険や、秋田市や県の新たな天下り先になる危険性が憂慮される。
 現在、社長を含めた役員二人が、秋田市元職員ということであり、既に天下り先になっていると言える。

 これらは、秋田市の現状と将来に関わる重大な問題であり、秋田市民にとっても極めて重要な問題だ。

 秋田市は今回の関与を、緊急事態の対応と言っているようだが、緊急事態なら何をやっても良いとは言えないのは当然のことだ。

 秋田市中通の再開発事業は、現知事、佐竹氏が、秋田市長時代から、中心的に進めたものだが、開業後、僅か2年足らずで、商業施設の空店舗が続出するという異常事態なっている。

 プロデュース能力が無かったのは、中心的に事業を推進した、県と市だと言える。

 すべての施設を建てなければ、にぎわいは創出しないとして、135億円 (うち83%、112億円が公費) を費やしたのは、彼らである。

 今、第一に必要なのは、この事業の失敗を認めること、この計画を立案し、事業を推進した責任の所在を明確にすることではないのか。

                                          (2014.7.8 再構成)





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 秋田県人は 《見えっぱりで、ルーズでのんびり屋で、お上意識ばかりが強く、権威にへつらい、射倖心に富み経済観念はゼロ、中央へのコンプレックスを捨てきれない》 《とどのつまりは、本質をわきまえずに行動するきらいが強い》 と指摘されています。県内の出来事に当てはめると容易に理解できます。 秋田県人は物事の本質を見極め行動すべきです。  http://akitacolumn2.blog.fc2.com/blog-entry-119.html




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新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。

(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



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現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」




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    仙台国際ハーフマラソンと秋田市の「与次郎駅伝」というムラの親睦イベント

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    2014-06-10
     5月11日に、仙台市で1万3583人の過去最高のランナーが参加し、第24回仙台国際ハーフマラソン大会が開催された。新緑に満ち溢れた 「杜の都」 を満喫できるのが魅力のこの大会は、東日本大震災後の2012年に、市民ランナーに門戸を開放し、規模を拡大し、人気が過熱気味だという。また、震災被災地の復興支援に貢献したいと願う、県外からのランナーも数多く参加しているとのことで、今年は鹿児島県を除く46都道府県からエントリーがあったという。

     「人気沸騰 参加者最多 仙台国際ハーフマラソン 『11日に仙台市であった第24回仙台国際ハーフマラソン大会には、昨年より850人多い1万3583人が参加し、またも過去最多を更新した。新緑輝く杜の都を満喫できるのが魅力で、市民ランナーの間で人気が過熱気味だ』」 (2014年5月12日、河北新報)

     この大会には、仙台市と国際姉妹・友好/交流促進協定を締結している都市等より、8都市24人の選手団も参加している。

     「5月11日(日曜)に開催された 『第24回仙台国際ハーフマラソン大会』 に、国際姉妹・友好都市等より8都市24人の選手団が参加しました。」(仙台市ホームページより)

     一般市民が参加出来る 「杜の都」 のレースとして、また、被災地復興支援や国際交流の役割も果たすなど、仙台市内外で人気が急沸騰しているとのことである。

     同じ東北の県庁所在地である秋田市では、一昨年から、7月20日前後に、「与次郎駅伝」というスポーツイベントが開催されている。
     今年も7月19日に、小学生から社会人まで、470チーム(1チーム4名)が募集され、秋田市の千秋公園内や広小路の1キロから4キロのコースで行われるという。 (第3回与次郎駅伝2014 実施要項より)
     この大会、どう考えても、ムラの親睦スポーツイベントの域を出ない大会であり、人口32万人の都市である秋田市に相応しいスポーツイベントとは、とても思えない。

     まして、大会名の「与次郎」は、飛脚に姿を変えて初代秋田藩主、佐竹義宣に仕えたという言い伝えのキツネのことで、千秋公園内の「与次郎稲荷神社」に祭られたとのことだが、秋田、江戸間を6日で往復したという並外れた脚力、能力を仲間に妬まれ、殺害され、その沈霊のため、藩主により祭られたとのことらしい。あまり良い伝説とは思えない。少なくとも県内外の人々に誇れる美話ではないだろう。

     加えて、何故「与次郎」が大会名なのか不思議である。与次郎は秋田市中通の再開発地区「なかいち」のマスコットキャラクターとして、県、市、再開発組合によって一方的に決められたキャラクターだが、マスコットキャラクター(ゆるキャラ)を大会名にしたスポーツイベントがあるのは、日本国中で秋田市位ではないか。幼児的であり、市民として恥ずかしい思いがする。

     また、 旧藩主、佐竹氏の家来の伝承上のキツネを記念したイベントが、21世紀の秋田市に必要なのか?? 市民は疑問に思わないのだろうか。

     仙台国際ハーフマラソンのように、もっと県内外に向かってアピールするような、健康的なスポーツイベントなら喜べるのだが … 。 内輪で盛り上がった気分になるだけでは、秋田のイメージアップにもならない。

     また、この 「与次郎駅伝 2014」 というイベント、主催・与次郎駅伝実行委員会・秋田テレビ、共催・秋田市、秋田商工会議所、秋田魁新報社等だか、後援が、国土交通省東北運輸局秋田運輸支局、秋田県、秋田県教育委員会、秋田市教育委員会、秋田まちづくり㈱、なかいちテナント会等となっている。 (第3回与次郎駅伝2014 大会要項より)
     
     仙台国際ハーフマラソンの後援が、公益財団法人日本陸上競技連盟、日本身体障害者陸上競技連盟、宮城県、宮城県教育委員会、仙台市教育委員会、仙台市体育協会、仙台市スポーツ推進委員協議会等 (仙台国際ハーフマラソン大会情報より)であることと比べて、極めて特異な再開発事業絡みのスポーツイベントであることが分かる。 いっそ、ゼネコンも後援したら如何か?

     寧ろ、スポーツイベントではなく、 再開発地区の「ムラおこし」の親睦イベントに、市民を利用しようとしているだけの誠に情けないものと言ってよいだろう。





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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
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    美術館に隣接する構造が問題 ― 秋田市「なかいち」のテナント運営会社の撤退

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    2014-02-08
     秋田市中通の「エリアなかいち」の総合食品売り場運営会社が契約解除するという問題について、佐竹県知事は、施設内の売り場の在り方について、「『必ずしも食料品にこだわらない。集客力があれば、食料品でなくてもいいと思う』と述べた」(2014年1月21日、秋田魁新報)と言う。
     認識が非常に甘いと言えるのではないか。最も基本的な業種で、周辺住民のニーズもある程度はあると予測された?食品業の店舗でさえ、採算が取れず、撤退せざるを得ないという現実を直視し、正しく認識できていないようだ。
     入居店舗が例え衣料品でも、100円ショップでも結果は同じだろう。

     今回の件は、美術館が隣りにあり、店舗の上階に有料駐車場のあるという構造、言わばこの再開発事業のコンセプトそのものが市場から否定されたと言えるだろう。

     非日常的空間を求めて人々は美術館を訪れる。衣類や食料品を買い求めるという日常的行為とは動機が異なるのは自明なことだ。
     行政や関係者は、美術館やにぎわい交流館の訪問者の何%が商業施設に訪れ、実際に購買行動を起こすのか、事業計画前に綿密な調査をしたのか。
     秋田市内の郊外や住宅街近くに無料駐車場を備えたショッピングモールがある中、消費者が不便な場所にわざわざ行かないのは当然のことである。
     また、この地区の再開発では、新美術館に隣接した広小路側に広場があり、そこで、休日などにイベントがある時は、人出があり、店舗にも波及していたと言うことだ。

     いっそのこと、新美術館を閉鎖し、雨天や冬場のイベント会場あるいは通年のイベント施設として、改装したらどうか。

     眺望がある程度評価されているカフェは残せば良いかも知れない。それくらいしか、この建物には使い道がないだろう。

     もちろん、藤田嗣治画伯の「秋田の行事」は、この絵に最も相応しい大空間、双曲線を描いた18メートルの高さの天井を持つ旧来の県立美術館(平野政吉美術館)に戻すべきだろう。

     本来、「秋田の行事」を大きく宣伝するのであれば、藤田嗣治と平野政吉の縁のある、この美術館の展示室の「秋田の行事」を宣伝すべきであったのに、利権がらみの新美術館を建ててから、尋常でない物量で宣伝した。
     今、旧美術館の何倍の人出があったとしても、2~3年で飽きられ、入館者が激減するのは間違いないと予測される。

     新美術館に訪れた、以前の「秋田の行事」を観た人達から、「前の美術館のほうが良かった」という声が非常に多く聞かれる。壁画が窮屈に感じる。絵が縮んで見える。見上げた感じでしか観れない……。

     また、初めて新美術館で「秋田の行事」を観た人の感想は、ほとんど一様だ。圧巻、迫力がある等だ。つまり、「秋田の行事」の巨大さと絵の持つ全体的な迫力に圧倒されているだけに過ぎないと言うことである。
     平野政吉美術館で「秋田の行事」を観た人の中には、感動して涙を流したと鑑賞ノートなどに記していた方もいたが、新美術館ではそういった話は一切聞かず、逆に、「落ち着いて観れない」という苦情が多く聞かれるそうだ。
     平野政吉美術館の「自然光」を採り入れた展示では、絵が自然な色で眼に入り、厚みがある立体的な色合いを鑑賞できた。また、藤田嗣治自身も「自然光」を取り込む展示形式を平野政吉に助言し、求めていた。
     「秋田の行事」は本来の場所にある展示室に戻し、後世に伝えるべきだろう。





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    市民の利便性が重視されていない「秋田市中通再開発地区」

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    2014-01-23
     秋田市中通の再開発地区を歩くと、JR秋田駅方面から仲小路に続く道が、新県立美術館付近で右側に意図的に曲げられているのが分かる。JR秋田駅から仲小路、広小路、さらに大町方面へと直線で結ばれていた道路の連続性が分断され、また、通行者が、広小路方面などへ移動する際の回遊性も失われている。計画が判った時、このことがメディアで取り上げられ、近隣住民が反対していたが、その後、その声は消された。何かしらの根回しや目に見えない取引があったかは分からないが、あの地区を訪れた市民にとっては、不便な道路に改変されてしまったのである。
     また、新県立美術館の入口は、一ヵ所だけ、JR秋田駅方面を向いている場所にある。美術館所在地より西側に多くいる市民への配慮が感じられず、観光客だけを意識したものであることが分かる。

     この新県立美術館は、一体、誰のために建設したのか。秋田市の日赤・婦人会館跡地再開発の目的は何であったのか。
     県は、「秋田の行事」など藤田嗣治作品を再開発地区の目玉にしたい、にぎわいに繋げたいと言っていたが、これは、誰が言い出したものであったのか。県民、市民が求めたものでないのは確かである。

     テレビ、新聞などの「秋田の行事」の膨大な宣伝により、新美術館への来館者が増えても、商業施設の利用者は増えないことが、なかいち食品売り場の撤退ではっきりと実証された。
     また、広場でイベントなどはよく開催されたらしいが、商業施設や近隣商店街へ訪れる客が増えることはなかったようだ。
     「秋田の行事」の膨大な宣伝によって、美術館への来館者が増えることで、新県立美術館の建設が成功だったと印象づけたいだけだったようにも思われる。

     美術館として使用可能な旧来の県立美術館を移転させ、新築の美術館を建て、宣伝やイベントに多額の経費を掛け、与次郎というキャラクターや石像まで作り、大々的に駅伝イベントを開催するなどしても、商業施設や近隣商店街へ人出が波及しないのなら、この再開発事業は、失敗と言えるではないか。
    (※ 事業費135億円、うち83%、112億円が公費)


     また、秋田市中通一丁目の再開発地区では、街全体のにぎわいより、美術館のにぎわいばかりが重視されており、平野政吉美術館から「秋田の行事」を始めとした藤田嗣治作品を移転させ、平野政吉美術館を壊すことがこの再開発事業の真の目的であったのではとさえ思われるのである。





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    秋田市「なかいち」のテナント運営会社、一年半で撤退の意向 ― 「秋田の行事」を再開発地区のにぎわいに繋げたいという、新県立美術館建設理由の誤りが改めて実証された。

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    2014-01-20
     仮に、個人の人生における選択が、誤りであることに気付いた時には、やり直しも可能であるし、試行錯誤の末、最善の道に就くことも有り得ることだが、これが、多額の公金を使った「街」の開発事業であった場合、やり直しが効かないことであり、それゆえに熟慮、調査、検討の末に、慎重な計画が求められるのは当然のことである。一度建てられた建造物は、数十年以上その場所に残り、その建物が、人が寄り付かないようなものであったとしたら、全くの無駄な事業になり、自治体の財政に穴を開けるだけでなく、都市の衰退の元凶にもなり得るものだ。

     一昨年の7月に完成した、秋田市中通一丁目の再開発地区「なかいち」の商業施設の中核である、総合食品売り場運営会社が、当初の見込みより、売り上げが伸びず、改善も見込めないとして、今年3月で契約解除の意向であるとの新聞報道があった。僅か一年半でこの有り様である。

     この地区には、商業施設の他、移転された新県立美術館、にぎわい交流館という公民館のような市の施設、マンションが整備され、県や市は相乗的ににぎわいを作るとしていたが、計画当初より、「美術館は、にぎわい創出には不向きな施設だ」、「にぎわい交流館と類似の施設が近隣にいくつもある」などの問題点が指摘されていた。そういった市民、県民の声を押し切って、すべての施設を建設しなければ、にぎわい創出はできないとして、建設に突き進んだのが、現県知事であり、秋田市長である。

     昨年8月の新県立美術館の本オープンに際し、8月20日から10月2日までの間だけでも17日も「秋田の行事」を紙面に取り上げた地元紙、秋田魁新報の過剰な報道、「秋田の行事」特集番組を3番組も放送したテレビ局各社、さらに「秋田の行事」を取り上げたJR東日本の「秋田デスティネーションキャンペーン」(秋田DC)のテレビCMなどの膨大な宣伝、露出によって、新県立美術館の来館者だけは増えたようだが、美術品を観る人と食料品を買い求める人のマインドは異質のものであり、美術館と隣接することが商業施設の集客には結び付かないことは自明であるのは言うまでもないことだ。
     また、新県立美術館の来館者も、一年、二年と経つにつれ、物見遊山の客が消え、減少の一途を辿ることが今から予測される。

     3月に商業施設を撤退するという企業の後に、別の運営会社、店舗が入ったとしても結果は同じことだろう。

     にぎわい創出や街への波及効果が期待できない新県立美術館。
     郊外に大型商業施設が既存しているうえに、人口減少が日本一著しい秋田県。
     さらに、人口減少に効果的な策も持てない行政。

     先見の明が欠如している「行政の長」を持った県民、市民には、同情するしかない。





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    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。

    (2013年8月31日)




     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)




     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)



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