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郊外への進出と平成の大合併による拡大化を計った秋田市 ~ 一貫性のない「コンパクトシティー」の主張

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2017-09-05
 先日、秋田市新屋に、体験型施設「秋田市新屋ガラス工房」が完成したというテレビ番組を見た。この施設は、秋田公立美術大卒業生を嘱託職員として採用するなどの目的を持ち、総事業費12億5000万円の市費が費やされている。

 「 [秋田市新屋ガラス工房] 新政酒造の工場跡地約6500平方メートルに、木造平屋の工房と駐車場を整備。総事業費は約12億5000万円」 (2017年5月15日、河北新報 ONLINE NEWS)

 秋田市は最近よくコンパクトシティーを主張しているが、仮にその主張に沿うならば、この施設は、JR秋田駅前周辺の秋田市中心市街地に造るべきではないのか。中心市街地内に多数ある空き店舗を利用すれば、格安でオープン出来たはずである。
 しかし、この新屋ガラス工房は、現市長の選挙公約に組み込まれ、新屋地区住民の要望どおり、建てられている。

 また、選挙公約により、土崎地区には土崎まちづくり拠点施設、「土崎みなと歴史伝承館(仮称)」が建てられるという。土崎神明社祭の曳山行事の資料や太平洋戦末期に空襲を受け、今まで保存されていたにもかかわらず、今年4月に解体された、旧日本石油秋田製油所倉庫から搬出した柱、梁など展示する予定だとのことだ。
 これも戦後72年間残り、空襲の惨禍を生々しく伝えていた、旧日本石油秋田製油所倉庫をそのまま保存し、貴重な負の文化遺産、歴史教材として後世に伝えるべきではなかったか。

 このように、秋田市ではコンパクトシティーを主張する一方で、中心市街地以外に新たな公共施設を建設し続けている。これらは、あからさまな選挙目的と言えるだろう。

 また、秋田市では、昭和60年以降に、郊外への拡大化がなされ、御所野ニュータウンを造成するなどし、さらに、平成の大合併では河辺町、雄和町を編入する (平成17年) など、都市の拡大化が計られ、コンパクトシティーとは真逆な道を現に歩んできている。
 今頃、コンパクトシチィーを主張するとは、全く一貫性のない、矛盾した主張である。

 因みに隣県の山形市では、平成の大合併をせず、面積は381.3平方キロメートルで、秋田市 (面積 906.1平方キロメートル) の半分以下である。
 山形市長さんは、「『コンパクトシティー』という言葉を最近耳にしますが、山形市は平成の大合併をしておらず、もともとがコンパクトなんです」と語っている。
 人口密度は、山形市が662人/平方キロメートル、秋田市が344人/平方キロメートル (2017年5月1日現在の推計) とほぼ倍の差がある。

 また、秋田市中通一丁目再開発では、コンパクトな街づくりの観点から市民によって同地区への市役所の移転新築が提案されたが、これについては深く検討されず、県が進める県立美術館の移転新築を含む計画案が実施されている。市がコンパクトシティーを標榜するのなら、中心市街地への市役所の移転新築が最優先ではなかったのか。

 そして、総事業費135億円 (うち公費112億円) の中通一丁目再開発の完成、終了後、事業費130億円の市役所が山王地区のNHK秋田局跡地に建てられるという事態となっている。
 中通一丁目地区への市役所移築が実現していれば、135億円の支出はおさえられた。
 未来の街づくりと財政規律、有効な財政支出の面から見ても、中通一丁目地区への市役所移築が最善ではなかったのか。

 また、現秋田市長が、新屋地区、土崎地区では、新たな公共施設を建設しておきながら、外旭川地区への民間資本の参入 (イオン出店計画) には、「コンパクトシチィーの考えとは相いれない」と理由付けし、否定しているのはおかしな話である。
 加えて、コンパクトシティー理論の成功例は、全国的にほぼ皆無だ。
 20年、30年後を見据えたうえでの 「秋田市の活性化」を判断の基準とすべきである。

 この時代に、この秋田市に参入しようという民間資本を拒絶すべきではない。受け入れるべきである。

 都市を活性化させるのは、役所や公務員、公共施設ではなく、市民や民間の力である。



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新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。

(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



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現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」




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