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がれき処理問題、「国は二重基準」 … 徳島県の見解

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2012-03-26
 徳島県では、東日本大震災で発生したがれきの広域処理の問題について、受け入れるべきだと言う県民の意見に対して、県のホームページ(3月15日、目安箱)の中で担当部署が、放射性物質の国の基準を、二重基準だとして批判している。

 放射性物質については、封じ込め、拡散させないことが原則とされ、東日本大震災前は、IAEA(国際原子力機関)の基準に基づき、放射性セシウム濃度が1kgあたり100ベクレルを超える場合は、特別な管理下に置かれ、低レベル放射性廃棄物処分場に封じ込められていた。しかし、国は、東日本大震災後、福島県内限定として定めた8000ベクレル/kg(従来の80倍)と言う基準を、十分な根拠を明示しないまま、広域処理の基準にも転用していると批判している。

 現在は、原子力発電所から出た廃棄物については、100ベクレルを超えれば、低レベル放射性廃棄物処分場で厳格に管理され、原発の以外から出たものは、8000ベクレルまでは、東京都などにおいて最終処分場で埋立処分している状況にある。また、群馬県伊勢崎市においては、国の基準以下の1キロ当たり1800ベクレルの焼却灰を埋め立てしていたにもかかわらず、大雨により放射性セシウムが溶出し、排水基準を超えたと言う事例も出ている。
このような状況から、

「徳島県としては、県民の安心・安全を何より重視しなければならないことから、一度、生活環境上に流出すれば、大きな影響のある放射性物質を含むがれきについて、十分な検討もなく受け入れることは難しいと考えております。」

 と回答している。

 秋田県は岩手県との基本協定で、受け入れ基準を「放射性セシウムの濃度が1キログラム当たり100ベクレル以下、焼却灰については環境省が埋め立て可能基準値とした同8000ベクレル以下」としているが、国の基準以下だから、安全、安心だと言う認識は改めるべきである。8000ベクレル以下が安全であると言う科学的根拠は何も明示されていないのである。徳島県の担当部署では、8000ベクレルという水準は国際的には低レベル放射性廃棄物として、厳格に管理されており、

「例えばフランスやドイツでは、低レベル放射性廃棄物処分場は、国内に1カ所だけであり、しかも鉱山の跡地など、放射性セシウム等が水に溶出して外部にでないように、地下水と接触しないように、注意深く保管されています。」

 と指摘し、放射性物質の溶出の危険性、厳格な管理の必要性を述べている。

 基準値以下のがれきを受け入れたとしても、焼却により放射性セシウムは30倍以上濃縮され、気化し、大気中に飛散する。さらに、大雨などで灰が溶出し高濃度の汚染水が発生する危険もある。

 また、放射線被曝の世界的権威、ユーリー・バンダジェフスキー博士は、低線量放射線による内部被曝の危険性を強く指摘している。

 震災がれきの処理は、拡散させるのではなく、一定の範囲内で行い、放射性物質を封じ込め、国の責任において厳重に管理し処理すべきである。




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新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。

(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



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