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新県立美術館の入館者数と今後の予想

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2013-09-30
 8月半ば頃からの、地元紙による異常なまでの連日の、特大写真付きの大壁画「秋田の行事」関連の報道、女優、吉永小百合さんを起用したJR東日本のテレビCM、NHKや民間放送による「秋田の行事」特集番組などで、藤田嗣治画伯の「秋田の行事」は、この1ヵ月程、尋常でない位、大量にメディアに取り上げられた。

 そういった影響あることだろうし、「秋田の行事」が移された、新県立美術館の本オープンだという日には、相当の数の来館者があるかも知れないだろうなと、冷ややかな目で見ていたら、今日の秋田魁新報の見出しに 「2100人魅了『秋田の行事』」(2013年9月29日、秋田魁新報) とあった。

 この数をどう見るかだが、読売新聞によると 「この日は約2100人が新県立美術館を訪れ、うち約600人はカフェのみの利用者だった」(2013年9月29日、読売新聞) とある。「秋田の行事」を観るために来た人は、1500人ということになる。

 因みに、1967年(昭和42年)5月5日に開館した秋田県立美術館・平野政吉美術館は、一般公開した午後だけで、2600人の来館者があった。

「 … 一般公開の正午になると、定刻を待ちきれずに門前に並んでいた人が館内に殺到するほどの盛況で、この日、午後だけで二千六百人の鑑賞者で賑わった」
(「平野政吉 世界のフジタに世界一巨大な絵を描かせた男」より、 渡部琴子著 新潮社 2002年)


 県民の待望ぶりが窺われる。今よりメディアでの取り上げ方が少ない時代にこれだけの入館者があった。当時の新聞写真で入館者の密度を見ても、今回よりかなり多いのが分かる。
 
 一方で、秋田県立美術館・平野政吉美術館では、初年度は1日平均1000人以上の入館者があったが、二年目には一日平均300人を切ったと言う。この減少は、熱し易く冷め易いと言われる秋田県民の県民性が影響しているのだろう。

 今回の「秋田の行事」の移設展示では、40数年に及ぶ秋田県立美術館・平野政吉美術館での展示によって、自ら積極的に鑑賞に訪れた多くの人達の足は、寧ろ鈍ることが予想され、入館者数の頼みは、「秋田の行事」について無知であった、物見遊山の客である。こららの客はテレビCMの終了などとともに間違いなく減るだろう。また、年代によっては、この壁画に興味を示さない年代もあることだろう。

 二年目年以降には、秋田県立美術館・平野政吉美術館以上に客足が落ち込むことが十分予想され、見通しは暗いと言えるだろう。

 地元紙では、「秋田の行事」の移設と新県立美術館の本オープンで、秋田市中通の再開発事業が終わったかのように報道され、「秋田の行事」を始めとする藤田嗣治画伯の作品を商業地域に利用する意図の再開発事業であったことが明確になっている。これは、藤田嗣治作品、藤田嗣治芸術に対する侮辱と言えないのか。

 更新時期にある美術館を移転させ、空いた跡地にさらに別の施設を移築するという卑しい意図の下に、「箱物」を造ることが何よりも優先された再開発、美術館新築であったと言える。

 在任中に、新たな「箱物」を造ることが仕事だと思っているような、古い感覚の首長しか選べない、現在の秋田県の政治状況とその首長を支える地元メディアなどの周囲の人々。
 それらが変わらない限り、秋田の将来は益々危ういと思えてならない。



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新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。

(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



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