レンサバを借りると

<< topページへ
<< 県民の血税を使い、韓国への修学旅行の見直しをせず、生徒を危険国に送り込もうとしている県議と秋田県の行政へTOP韓国への修学旅行を見直さない、秋田県教育長の発言に全国から怒りの声殺到 ― 人命軽視の県政へ >>

ソウル便の維持ありきで、進められている秋田県行政 ― 韓国修学旅行は中止すべき

ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田県情報へ
2014-05-31
 秋田―ソウル間の定期航空便(大韓航空)は、2001年10月に就航した。
 ある民間の建設会社役員 (現県会議員) らの強い働きかけ等により実現したたようだが、当初は秋田市添川湯沢台の聖体奉仕会にある「涙を流すマリア像」を観光資源にし、韓国からの観光客を集めようと考えていたようだ。
 綿密な需要調査の末、就航されたというより、ソウル便こそが「秋田の国際化」だと言う、地方独特の思い込みがあり、運航されたと思われる。
 また、当初から、赤字分は、日本の自治体から負担されるというシステムが出来上がっていたように思われる。
 1990年頃から多額の県費が投入され、路線誘致活動をした経緯などもあり、路線維持は県にとって、重要課題との認識があるのかも知れない。
 その後、県では、ゴルフやスキーなどの旅行企画や県主導の韓国ドラマ「アイリス」ロケ誘致、県内中高校の韓国修学旅行によって、路線維持を計ろうと考えていたようだ。

 昨年の2度目の韓国ドラマロケ誘致(アイリス2)は、8330万円の公費を投入したものの韓国からの観光客増加は見られず、大失敗に終わっている。残された搭乗率アップの頼みの綱は、県内中高校の修学旅行という事情が県にあったのだろうと推察される。
 また、秋田県知事、佐竹氏は、毎年のように、何度もソウルの大韓航空本社を訪れ、ソウル便継続を要請しており、ソウル便維持を重要課題としているようである。

 そうした経緯から、秋田県では「秋田―ソウル便の維持ありき」で、行政が動いているのは間違いないと思われる。しかし、行政にとって、県民の生命、生活を最優先で考えるのが当然ではないのか。

 今回の秋田県教育長の、韓国修学旅行見直しをせず、「安全対策や情報収集で不安を払拭し、県の(旅行費)補助事業についてもPRしたい」 (2014年5月23日、産経新聞) という発言は、そうした県のソウル便の維持ありきの姿勢の延長線上にある発言かも知れないが、決して許されざる発言である。安全対策や不安払拭は、秋田県教育長が出来ることではなく、韓国の仕事である。しかも、生徒の安全より、補助金をPRしてでも韓国行き修学旅行を実施したいと言っているのである。

 また、韓国の旅客船セウォル号の大惨事、その後の地下鉄事故、大規模な火災などによる韓国社会の安全性の崩壊を目のあたりにして、このような県の論理は、対外的に、一切、全く通用しないことを県は強く自覚すべきである。
 しかも、北朝鮮が昨年3月11日、朝鮮戦争の休戦協定を破棄し、現在韓国は、戦時下にあることを忘れてはならない。

 このままでは、日本中から、秋田県自体が、真っ当な県ではない、と思われかねないだろう。
 秋田県民にとっても重大な問題である。

 韓国への修学旅行を実施する県内中高校は、2011年には28校もあったが、ここ数年、北朝鮮のミサイル問題などもあり、減少しているとのことだ。しかし、今年は予定していた秋田県立能代松陽高校が中止した以外、計4校が実施する予定だという。(高校3校、中学校1校)

 県や秋田県教育長は、率先し、韓国の交通機関の安全性が確保できず、さらに、韓国が戦時下にあり、危険な状態であるので、韓国への修学旅行は中止するようにと、各校に指導、勧告すべきではある。そして、これまで支給していた補助金は今後、中止すべきである。

 韓国国内でさえ、旅客船セウォル号沈没事故後、交通機関への不安から国内修学旅行を中止しているという現状、北朝鮮が朝鮮戦争の休戦協定を破棄し、現在、戦時下にあるという現状を正視すべきであり、県内各校に中止を促すべきである。

                                     (2014年8月10日、一部改訂)



関連記事

 ↓↓ クリックをお願いします! ありがとうございます。 
ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田県情報へ




新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。

(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



関連記事
平野政吉美術館の大展示室と藤田嗣治「秋田の行事」 ~ 永遠に

秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」




ブログランキング・にほんブログ村へ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録
  • image1080-G.png

  • カテゴリ :未分類 トラックバック:(-) コメント:(-)
    << topページへこのページの先頭へ >>